武林日記(98/8/上旬)

BBSを設置した結果、やはりこのコーナーの更新が

少々鈍ってしまいました(苦笑)。でも、毎月一回は

これからも書いていくつもりです。


どうしても、ニュース性という面では、掲示板のほうに譲ってしまうので、今後はこの欄を今までのような「だらだら書き日記」というものから、少々テーマ性を持たせたものにしようかな、と考えました。


というわけで、リニューアル第一回はエッチマンガをこう考えるということについてです。

その1・エッチマンガの規制について

最近また90年代初頭のような、エッチマンガ等を規制しようという動きが、いくつかの所で見られるようです。私が正式な文章として確かめたのは、社民党の公式意見だけですが(正確には「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律案」というらしいです)、これに関しては、マンガ等特定個人を商品として扱ってるわけではないので、そういう規制の範囲外だと書いてあります。それならば私も何の文句もつけようがありませんし、むしろ児童(虚構は除く)をポルノ商品として扱う事には大反対の私にとっては、共感するものでさえあります。

ここで取り上げたいのは、このような正統(と思う)な提案に便乗して、かつての運動と同じような、無知な・無意味な。危険でさえある「やみくもなエッチマンガへの弾圧」を、またも再燃させようという輩がいる、という事に対してなんです。

まず、一般論的に「表現の自由を奪う」ことへの、当然起こりうる恐怖感。誰が不適当な表現と、そうでないものとを、判別できるというのでしょうか。権限は?線引きは?他人に何らかの損害を与えないかぎり、取り締まるべきものにはならないはずなのではないでしょうか。そういうのが「嫌い」、「苦痛だ」という方は、どうぞ見ないでください。あなた達が進んで手に取らない限り、別に強制的に閲覧を迫るような凶器とは違うんですから(笑)。それよりも、そういうものを必要としてる人たち、あってもいいなと考えてる人たちから、奪うというあなた達のほうが損害を与えているわけなんですよ。

また、マンガをはじめとして「虚構」であるものを取り締まるなどという、文明社会にあるまじき行為は、いくら普段おとなしい穏やかなマンガ読者といえども、猛然と反発して、あなた達を許しませんよ。「虚構」に遊ぶという行為の、どこが危険でどこが反社会的なんでしょうか。誰だって「すけべぇ」な発想に遊ぶことはあるじゃないですか。しかも「虚構」にまで、倫理観を求めるなどという、アホな枷なんかを考えるなと言いたいです。あくまで「虚構」とわかってるから、どんなエログロでも非道なことでもOKなんですから。それによって「不快感」を感じる者には選択の自由があるんですから。

「犯罪の引き金になる恐れがある」とか言い出す、さらなるわからんちんがいますよねぇ。困っちゃうなぁ。こういうわけのわからんことを、真剣に世を憂いて訴える方々なんてのは。

いいですかぁ。犯罪の引き金になるものなんて、いわばいくらでも転がってるんです。銀行のカウンターの向こうの札束だって、見る人によっちゃぁ引き金ですし、キレイな女の子だってそうなっちゃいますよ。あるいは人を傷付けたり殺害できそうなものは、全て無くさなくてはならなくなっちゃいますよぉ。漫画家なんて、ペンでもカッターでも、金属製定規だって・・・おぉ凶器がゴロゴロですね(笑)。

いまのはもちろん極論です。でも正論として確かめておきたいのは、犯罪を連想させるものが悪いんじゃなくて、犯罪を連想してしまう事・・・も、それも別に悪くはない・・・か。犯罪を実際に起こしてしまう者が悪いという、ごくあたりまえのことなんです。

かつての某殺人事件で、その後金属バットが廃止されたでしょうか?

成年マークが必要だというなら、そこまでは譲歩したりましょう。本当はそれすらも、不用だと思っているんですけど。なぜならば、「青少年を悪影響から守る」という考えが、私には納得いかないからです。巷は不純な事で一杯、それでいいじゃないですか。そういう事から(うしろめたく思いつつ)かいま見たり、ぬすみ見たりしながら、有機的な社会を、大人の世界を悟って、学んでいくもんだと思います。純粋培養で、不純なものを一切はねつけ、温室のように守られてきた青少年が、18歳になったからといって、エッチモノをいきなり解禁されたら・・・なんて、想像するだけで、恐くて気持ち悪くて、笑っちゃいますよ。

そんな子がいたら、18歳になったとたんスケベねたの中毒みたいになっちゃいますよ。もしくは全くそういうものを受け入れられない(それこそ)社会不適合者のできあがりです。私は(今は独身ですけど)将来の自分の子供に、そんな者にだけはなってもらいたくありませんねぇ。

適度な毒もあり、欲望や策略、汚いものも美しいものも、いいものも、悪いものも、い〜い具合に交じり合って、混沌としてる社会でないと、まともな大人になれないじゃないですか。しかし、それでもそういう事が「絶対嫌だ!」という方々は、どうぞご自分のお子さん達だけ、そういうものから隔離するようにしてください。

あなた達のくだらない理想を、社会レベルで、そうは微塵も思ってない私にまで押し付けるのは、はっきり言ってでっかい迷惑なんですよ!


その2・エッチマンガの現状に憂うこと

その1で、だいぶエネルギーと時間を費やしてしまったんで、ちょっと「さわり」だけ。

とあるトコロで、こんな意見を吐きました。

現状の同人誌から、人材の青田刈りのような状況で、いきなり商業雑誌に描かれるマンガに、「面白くない」ものが多くなってしまうのは、しかたがないのかもしれません。それは、読み手が、そこで展開される「よくあるネタ」に慣れすぎてしまうからなのかもしれませんが。

一時期、隆盛を誇ったHマンガの現況は、ちょうど同じような人気カーブを描いている「アダルトビデオ(表)」と、似たようなものがあるのかもしれません。新人AV女優とかのパッケージ画像を見て、その目新しさと外見の良さだけが、その商品を手に取るか否かの選考基準となり、内容(ストーリィとか演出)の善し悪しなんてものは、全く関係ないというわけです。

Hマンガでも、ほんのちょっとでも「目新しい」絵柄の作家を起用して、いきなり巻頭とかにもって来て、読者の眼をひくようしかけるわけですね。

ただ、Hマンガの編集者に「この漫画家を、しっかりとした物語が描けるように、育てよう」とか、「漫画家としてこの先も一本立ちしてもらいたい」とか、そういうものは無いんでしょう。それは、大変な事ですし、大変なリスクもしょいこみますから。それよりは、AVニューフェイスと同じように、天然で、あるいはアマチュア時代に培ったモノだけを、プレゼンさせて、新鮮なうちは商売になる、という方が正当なのでしょう。Hマンガ・エディット作業に、それほどの将来観を持ったり、野望
を持ったりする人がいないからだと思いますが。まぁ、現場の金銭的環境とか、人材的環境とかをも、組み合わせて考えれば仕方の無いことだろうと思います。(例外も、あるんだろうとは思いますが。)

「ちゃんとしたモノを描ける作家に育てあげようとして、そしてある程度期待通りに育ったとしても、そういう作家はすぐメジャー誌や、一般誌のほうへ行ってしまうからなぁ。」(ある、Hマンガ編集者・談)

ただ、AVとHマンガで、決定的に違う事もあると思います。AV女優とかが、もう何本もビデオを出したあとで、演技(艶技)にいくら磨きがかかった、なんて事になっても、そこから二度目のヒットが生まれるとは思えません。ですが、Hマンガにおいてなら、「一皮むけた作家」によって、新人時代とは、一線を画した「面白いもの」が描けると思うからです。

いやぁ、デビュー云々なんかよりも、継続していく事。漫画家と
して食っていく事って、難しいことなんですよねぇ。

この項、ちょっと、また後で。ひきます。(’98/8/2)