マンガの(武林風)描き方
その2
ストーリィメイキング編
....なぁんてだいそれたタイトルのもとで、するほどの話ではないですが。
先日、某学研コミックノーラの新人賞選考会議で、衣谷 遊さんと御いっしょしたときに、投稿作品みながら2人して、
「あぁ〜惜しいな、このキャラ。」
「ここ、もうちょっと膨らませといたほ〜がぁ。」
「このシーンとか、たたみかけて、主人公の癖にまでしちゃえばいいと 思うんだけど....。」
などなど、好き勝手言っていたとき、ふと
「なんか、俺らってずいぶん小ネタ、小ワザばっか気にしちゃってるん じゃない?」
「ああ、そうだねー。悪いクセかもねぇ。」 なんて話をしていました。
そうなんですよねぇ。
なまじ連載をかけもちしながら、ずぅ〜〜っと描いているだけだと、いつの間にか、刹那刹那でばかりお話を考えるようになってしまってます。
いや、でも必ずしもそれは、悪い事ばかりではないんですけどね。
その場その場のノリによって、お話が有機的に動いていったりもすることがあります。
そのおかげで、スタート時には考えもつかなかった展開が生まれたり、またそれがメインになったり....と。
そういうのも連載のひとつの面白味だと思いません?
まぁ、ただ短編(武林にとっては100P以内くらいの認識)においては、 そんなこと当然通用しない<たわ言>でしょう。
なぜなら、始める時きちんと<終わり>まで出来ていなければ、お話にもなりませんものね。
ここしばらくは短編とはごぶさたの武林ですが、そんな私の考え方というものをひとつかふたつ。
「まず、導入(つかみ)が勝負」
読者を一気に引っ張り込む...ってのが理想ですが、そうでなくてもまず読んでもらえないことには、どうしようもありませんよね。
作品構成が...とか、ヤマ場はラス前だから...とか、一応はセオリーがありますけれど、大切なのは読者に目をとめてもらうことです。
そのためには、おいしいシーンとか、必要以上の「なんだこりゃ?」と思わせるシーン、あるいは「なんだ、なんだぁ?」と思わず目で追って
しまうアクションなど、(考えればまだまだあると思うけど)しょっぱなで<出し惜しみ>はしないことです。
野球でいえば、どんなにバントやエンドランあるいは進塁打などがマスターできていても、1番バッターが塁にでてなければ、意味がないんです。
四死球ででも、なんでも、とにかく出塁。つまり読者の興味をひくことがはじめにありき だと思うのです。
「起爆剤をひとつ」
正直、初めから終わりまで全ての要素においてオリジナルだ、なんて作品を創り出すなんてのは無理でしょう。
それはプロもアマも同じだとおもいます。
なら、なんで面白いものとそうでないものを感じるんだろう。
これの正解がわかれば、誰も苦労はしません。(笑)
武林なりの対処のしかたは、ただひとつ、この作品において何を<武器> にするか、しこむことです。
活劇シーンなのか、Hシーンなのか、はたまた大どんでんのオチだったり、
あるいはキャラの表情ひとつだとか。あるいはまた全編通じての、漂う雰囲気だったりしてね。
その武器に自分のこだわりとか、しこみとか盛り込んで、他人が読んでくれたときに、そこが一番気にかかったってなれば、OKなんじゃないかな。
自分の予想外のポイントを、評価されるとしたら、それって ........て・ん・ね・ん...ですよ。
「オチ・ラスト・その他etc」
以前にアシスタントの一人にこう言った事があります。
コンビニ行って、なんでもいいから雑誌立ち読みしてみろよ。
それで、その中で読み切り短編見つけたら、はじめのほうだけ読んであとは閉じちゃうんだ。
それから、家に帰って自分がいつもネタ創る環境で、そのあとの展開・オチを自分なりに考えてみる。
出来たと思ったら、またそこへ行って続きを読んでみる。
その時、話作り(特にオチつけ)の自分なりの勉強ができるぞ。
掲載マンガのほうが面白いのか、自分のが面白いのか、どっちにしても何か得るものがあるはずだ。
全く同じだったりしたら、ある意味それは最悪だ。
...とまぁ、なんていうか、こういうこと(ソフト作り)に関してっていうのは、
説明しにくいですし、伝わりにくいですよねぇ。
ただの<よた話>と、聞き流してくださって結構です。
質問やつっこみなどありましたら、メールででもどうぞ。
うまくは答えられないかもしれませんが、なんらかの努力はしてみます。
(1998/5/2)
はたして-3-はつづくのだろうか?