マンガの
(武林風)描き方
その5 -2
パクリと
アレンジと・・・
それでも
コママンガの
すすめ


パロはもとより、パクリもいけない世界が始まるんです。
コンスタント・プレゼンが始まるんです。
どんなに同人誌即売イベントに、まめに出品してる者でも、毎月リリースなんてことは、やってないでしょう。仮に物量的にOKだとしても、当然アマの頃とは違って、編集との打ち合わせやチェックなども入りますし、全ボツ、リテイクなんてのも、決して珍しいことではありません。
かといって、同人誌の頃みたいに、「落としました、すいません」が通用するもんでもありません。
なんだか、こんなに大変な事をやらなきゃなんないんだぞ・・・っていう脅迫、あるいは自分がやろうとしてる事への説教じみた物言いになってきたみたいなんで、ここらでちょっと話の路線を修正します。
つまり、この章で何が言いたいかというと、オリジナルのマンガを創るという事の、面白さをわかっていただけたらなぁという事なんです。
確かに「生みの苦しみ」というものはあるでしょう。
それに、自分がよく目にした、いわゆるプロのマンガのように、上手く描けない・書けないことだってあるかもしれません。
ただし、そこで、だからといって他のプロの作品をパクったりしたとして
「うまぁ〜〜い、プロみたぁい」
などと誉められても、(まぁ、嬉しくないことは、ないかもしれませんが)それ以上の評価も、読後感想も無いわけなんですよね。
ところが、もし自分で考えた話と演出とキャラで、展開する作品ならば、誉めの評価も、けなしも、アドバイスも、何もかもが全て自分から、自分の創ったものから発生するということになるわけなんです。
これは、快感ですよ〜(笑)。
パクリから、アレンジへ、そしてオリジナルへと・・・
でね・・・、たとえば同人誌でのパロディとかにおいても、そこに自分なりの解釈とか、演出とか入っていれば、それはオリジナルへの一歩を踏み出したことにも、なるんじゃないかって考えているわけです。
そこに作者のこだわりが、感じられるわけでしょうから。
そしたら、次は
遊びごころででもいいから、是非自分のキャラで、話を語ってみてはどうでしょうかね。
大変なぶんだけ、見返り(精神的なもの・・・・ね)も大きいと、私は思うんですけど。

(1998/10/8)