マンガの(武林風)描き方

その6

見るのと、描く(創る)のギャップ


おひさ

なんだか、ずいぶん久々になってしまいましたが、
またこのシリーズの続編を書いてみようと思います。

だいぶ局地論のようなものになってきていて、興味ない方には
わけのわからん文章かもしれませんが、あくまでも
「マンガを描く勧め」
つもりなんです。(本人にとっては)

きっかけ

で・・・
マンガが好き。
見るのが好き
・・・これは、わかりやすいですよねぇ。

そこそこおもろくないものは、あんまり明確な記憶として残らないし。
むっちゃくっちゃつまんないと思うものだと、記憶には残るけど、
それが「描いてみたい」原動力にはならないっすよねぇ。

つまり、自分がいいなぁと感じたものだけが頭を支配して、
(特にマンガかきたいなぁと思う人には)自分もできることなら
こんなもんを描いて・創ってみたいと思うんでしょう。

きっかけとして、これは大事。
それに非常によくあるパターン。

描こう

さて、そこで、
マンガにする、読めるものにする、ということは「コママンガのすすめ」で
すでに述べたから、
今回は「おもしろいものを表現するために、どうしようか」
・・・ということについて、
私なりの考えを、とばくちだけでも述べられないかなぁといったところです。

たとえば、他の作品(TV・映画・小説・マンガ・アニメ)などで、
おもしろかった・感動したシーンがあるとしましょう。
そのシーンみたいなもの、あるいはそこで自分が味わったような快感を
どうしても(自分も)表現してみたいと、思い付くわけです。


(これは、プロ・アマ問わず、「なにかを創る」きっかけとしては、
ホントよくあるパターンだと思います。
ただ、プロである場合は、「こんな感じのを、俺も・・・」というよりは、
「俺ならこう表現したい、こう流れをもっていく」と、そんな感じでオリジ色に
こだわりはしますが・・・ね)(笑)

描けない

・・・なのに、
マンガを描きはじめる(もしくは筋を創りはじめる)と、どうも序盤で
テンションが途切れてしまって、ネームやコンテレベルでも、完結を
見ることはできない。

特に描きたい、表現したいシーン・シチュエーションが、クライマックス部分
だとすると、そこまで行き着くまでに息切れしちゃうなんてことも。
下手すると、しょっぱなの1シーン目がどうもうまくいかず、
何度かやりなおしてるうちに、嫌になってしまう。

つまり、なかなか「マンガ」というカタチにできないんです。

もともと長い(例えば連載マンガでないと表現が無理なほど)の構想だから
そのチャンスがないと、やるにやれないじゃないか。

自分はいっぱいマンガ(あるいはその他の作品)を読んで、見て、
イメージはいくつも持てたから、お話のストック、アイディアの貯金は
いっぱいあるはずなのだ。
ただ描く機会が、なんとなく訪れてこないだけのことなんだ。

描きたいキャラがある、
絵もそこそこ描くのが好きだし、描いて上手いと誉めてくれる人もいる。

既存のプロのマンガを見ていて、
そりゃぁすごいのもあるけど、中には「これなら、俺のほうがよっぽど上手い
じゃないか」と(どうしても)思えてしまうものもある。

そのうち、皆があっと驚くネタで、キャラで、絵柄で、
自分自身も気力充実、ハイテンションで、
いままで蓄積したいろいろな素材をセレクトして、盛り込んで、
マンガを描く「最高の瞬間」が来るにちがいない。
その時まで、アイディアは「熟成」させとこう。
絵柄だけは、イラストとか何枚か描いて、もうちょっと上手くなるだろう。
いつか描けるにちがいない。
いつか・・・・。

実はこれらは、デビュー前の、もしくは駆け出しの頃の私のことです。
そして、これこそが、
見るのと、描く(創る)のギャップ
だと思うわけです。

恥も、描く

頭のなかで、漠然と描いているだけでは、実はいつまでたっても
形にはなりません。
むしろ、時間がたてばたつほど、そのときの、きっかけとなった感動が
うすれてきてしまって、
あるいは、そのとき「熱くなった自分の感受性」自体が、ちゃんちゃら可笑しく
なってしまったりして、
マンガにするはおろか、思い出すことさえ恥ずかしくなっちゃったり
するもんです。
で、これは、私が思うに
非常に「もったいない」ことなんです!

私は思い付いたこと、他の作品から発想したことなどを、
よくメモに描いて、その時のネタ(あるいはイメージシーン)などを
残そうとしてはいますが、
それにしたって、かなりコピー劣化した考えしか残せないようです。
他の作品からの発想の場合は、その作品タイトルを、そのシーンを
メモることで、なんとかなりますが、
それにしても、後になって見返した時に、その時と同じような「熱い感情」は
再現できないのは、かなり悔しいです。

マンガにかぎらず、「描きのこす、書きのこす」ことは、
後の自分にとって、恥ずかしいなんて、あったりまえのことなんです。

だけどね、
プロアマに関係なく、趣味仕事に関係なく、
読んで読ませて、なんらかの感情を伝達することができるとしたら、
その「(後の自分にとって)恥ずかしいまでの熱情」しか、
ないんじゃないかな、と考えていますから。

だから、コンテ、ネーム

そんなことを言っても、
描くのって難しいのに、どうしたらいいんだ・・・と言う場合に、
趣味で描く場合でも、コンテやプロットから始めることをおすすめします。
(コンテってそもそも、そのための段階なんです。)

マンガを描くうえで、ネームが一番大切だと言われるのも、
実はネーム自体が、まんま「創る」作業なんだからと言って過言では
ないからです。

ページ数をあわせたり、
「楽しいお絵描き」の前の、なんかおもしろくない作業
というわけではないのです。

難しいことは言いません。
一番描きたいところ、
一番おもろいとこから書き出せばいいんじゃないかな?
必要なキャラは、おのずと、後からもちあがってくるわけだし。
クライマックスから、派生して、肉付けする作り方というのも、
わりとフツーなんだと思います。

第一、一番描きたいところから、話創りを始めれば、
一番言いたいことが、最高のテンションで語れることになるわけです。
当然、話の流れで、「こんなはずじゃなかった」クライマックスになることも
避けられるわけですし。

本来コンテやネームって、
しょっぱなに、自由自在に描くべきものなんです。
だから極論を吐けば、
自分の頭の中にしっかりと出来あがってるシーンについては、
コマわりするだけで、十分。
絵を入れる必要もないんです。
それよりも、自分の「思い」の熱いうちに、描ききることに
こだわってください。
せめて、一番描きたいシーンだけでも。

必要以上にコンテの完成度にこだわってしまうと、
それだけで疲れてしまって、あるいは満足してしまって、
「コンテの直し意見」に耳をかせなくなってしまいますし、
自らも、これをさらに原稿にする、という行為に、
なかなか踏み出せなくなってしまいがちになったりしますから。

(ああ、これも、自分の反省文になっちゃってるなぁ・・・苦笑)

つまり

マンガを読みまくって、マンガにどっぷりの世代にとって、
実はマンガを(自分で)描くということは、
そんなに難しいことではないんです。

マンガ表現の文法(これが、実はかなり複雑だと思うんですが)などは、
もう既に、そなわってる方ばかりでしょうから。
(世代が違うと、マンガを読むことさえ、難しい方々もいらっしゃいますからね)

まず、
おいしいトコロから描きだす。
どう?
描いてみたくなりませんか?(笑)

(’99/3/15)