マンガの(武林風)描き方
その11

他人の意見いろいろ

…とそれに対する徒然

なんだかんだ気づいてみれば、もう1年以上も更新をサボってしまってるこのコーナー。
果たして新ネタを待っていてくれる方がいらっしゃるのかどうかも怪しいとこなのですが、例によって気が向いたので、新しい視点でまたひとつ「我流のたわ言」を追加してみようと思います。

今年になって、初めてとある専門学校の漫画家養成コースで、臨時に講師なんぞをやってしまった経験からか、

あるいは私のようないいかげんな我流漫画家にも、マンガを描くうえで、漫画家になるために、いくつもメールなどでのご相談をもちかけられるからか、
最近になって、なんとなく漫画家志望者の息吹を身近に感じる機会が多くなりました。

以前はウチに来てもらってる若干名のアシスタント諸君・・・ぐらいしか、そういう感じは受ける機会が無かったものですから。

で・・・ね。
なんの準備もなしに、(いくら臨時とはいえ)講師なんぞはできないだろう・・・と、
Webにいっぱいある「漫画家になりたい」という関連の記事とかBBSの書き込みなんぞを、それとなく見ていて、感じたことがあるので、今回はそれについて。

まず、想像はしてたけど、そういうWeb上にアピールしてるだけの数でも、ものすごい数の漫画家志望者がいるんだなぁ、ということに、今更ながらに驚いたり、
ちょっとしたプレッシャー(というか恐怖・笑)を感じたり、
ちょっとした嬉しさみたいなものも感じたり。

ところで、そこにふとした疑問点が生じるのです。

よく、マンガの描き方について、ナニナニをドウイウフウに描いたらいいのか、教えてください。
というようなカキコがあるんですよね。
それに対して、プロやらアマやらいろんな立場の人が、こういうふうに描きなさい、とか。
私はこうやっています、とか。
そういうふうにやるのはおかしい、変だ、とか。
とにかくいっぱいResがつくわけですよ。

見始めた頃は、
「ああ・・・漫画家志望仲間意識っていうのかな?なかなか暖かいもんじゃないか」
などと呑気な感想をもって、読んだりしていたのですが。


ちょっと待てよ!?


他人からのアドバイスなどは、こと創作者(あるいはそれになりたい者)にとって、
けっこう
危険な要素も含んでるんじゃないのかな?
てな事も考えてしまうようになったのです。

私なんぞでも、1〜2回、新人漫画家募集に応じた原稿の評価をさせられた事もあったのですが、
今のマンガ賞などの応募作品において、一番多いのが、
「絵はそこそこ手慣れてるけど、内容に『これ!』といった作者の主張が見当たらない」
とかいう評価なんじゃないでしょうか。
もちろんデータなどを取ってるわけではないので、あくまで私の現状憶測にすぎませんが。

で、「技術を磨く練習なんぞするな!」というつもりは、毛頭ありませんが、
技術的なことばかりに終始してしまう、このようなWeb情報に、
ヘタに躍らされてしまう心配があるのでは?と考えるわけです。

更に極論を吐けば、他人が親切にもしてくれたアドバイスだとしても、
作者の意図も姿勢も作品の方向性も、なにも知らない
他人のアドバイスを、鵜呑みにして、自分のマンガがどれだけパワーアップするのかも、怪しいものだと思うのです。

Webのマンガ描きQ&Aを否定してるわけではないです。
私も「私の場合はこうしています」的なアドバイスを、何度もしていますから。

質問者は、相手の返事やアドバイスを理解して、そのうえで、
いらないものならば聞き捨てる。
(もちろんネチケットは忘れずに)
それが自分のマンガ描きに欠落してたものならば、
自分で自分のマンガに、どういうカタチで取り入れようか、そういうことにこだわるべきだと思うのです。

マンガなんてものは、通り一遍の「合格基準点」なんぞというものはありません。

読む人ごとに、1から10まで評価が違うと思いますし、
描く人ごとに、課題やハードル、克服ポイントが違うと思います。

ということは、(プロの漫画家をちょこっとでも志望してる人なら)なまじWebでの概念・知識を後生大事に「座右の銘」とするよりも、
ある程度のところで、
ナマでプロの編集に見せて、意見を直に聞いたほうがずっといいと思うのです。

なにもプロの編集は、持ち込み者の欠点あらさがししてるわけではないし。
作者が自分で気づかなかった「自分の魅力」や「自分の期待性」なんかが、わかるかもしれないし。

★★★

脱線ついでに、持ち込み&マンガ編集について、もうちょっと。

編集との打ち合わせは、よく「闘い」だと言われますが(プロにとっても・志望者にとっても)
これも、その言葉の「まんま」の意味でとらえるのは、危険だし、残念な結果をもたらしかねないと思います。

ある意味「闘い」でもありますが、
それは、自分の主張をかたくななまでに押し通すという意味ではないはずです。
だからと言って、編集の言うまんまに、リテイクするだけというのもあまり嬉しくないですよね。


だいいち、まんまに作るのなら、そのマンガの作者(あるいはアレンジャー)は編集ということになってしまうわけだし。
(これは作者にとっては、非常にオモシロクナイ事態だと思うし)

また、自分の表現(マンガ作品においても・持ち込みの打ち合わせの会話においても)が未熟で、自分の主張が伝わりきれていないという場合もあります。

やはり、プロでもアマでも、創作者としては
「編集の言葉に、
自分に役立つものがないか?」
自分の主張と融合点はあるか?」
編集の意見と、自分のこだわりとのミキシングで、あらたなモノが出来る可能性はないか、
いろいろ考えることが、必要なのだと思うのです。

そう考えると、Webでのアドバイスとかと、ちょっと似てますよね。
でも、
大きな(そして重要な)違いがひとつ。
それは、その意見や評価が、
「叩き台となる作品」を前提におこなわれてるということです。

★★★

さて、そこで話を元に戻しましょう。

Webでの、マンガ創作に関するやりとり、あるいはそれをロムって参考にする・・・
などという事には、危険性をも含むかもしれない、ということを感じたのです。

(例外もあるのだとは思いますが)マンガ創作に関するWebでのやりとりって、そのほとんどがマンガについて文字だけで語るわけです。
しかも意見交換だけならまだしも、どんどん積み重ねて発言していくことによって、
どんどん
概念的になってしまうところに、気をつけてもらいたいのです。
これはある意味、
創作者にとっては危険なことだと思うわけです。

「評論家になってしまっては、創作活動はできなくなる」
とよく言われますが、まさにその通りだと思います。

自分の描きたいもの・・・描いてないけど、そのうちこう描くんだ・・・などという理想論に発展していってしまい、そしてその自分が吐いたコトバが、自分の創作意欲を縛りはじめるのです。
「言ったからには、言ったとおり描かなくては」
などと縛られてしまうと、次第に描くのが大変なことになって行き、しまいにはなにも描けなくなるわけです。

特に、概念的・観念的に、りっぱなことを言うのは、すごく簡単なだけに、始末が悪いんです。

しかもマンガって、「すっごく具体的な表現がまずありき」なモノなわけでしょ?
そして、言いたい事を、創作したドラマにのせて、具体的な表現をするって、
観念論をならべるよりも、もっともっと、ずっとずっと、
はるかに難しいことだと思うのです。

そもそも自分の感動を具体化することが、マンガ(に限らず作品)を表わすということなわけだから。

自分のやりたいことはこれこれこうだ・・・と、
言葉で表わすのは、評論家・発言者のすることで、
漫画家や、漫画家志望者は、
作品でまず、語ってもらいたいものだと思うのです。

語り方については、個人個人千差万別です。
ノウハウなんて、描く人の数だけあるわけです。

例えばこんなやりとりがあったとします。
既存の作品を例にとって、その「けなし」をすることで、「自分の描きたいものは、そ
ういうふうなものじゃないんだ」というような主張もよく目にします。

考えてみれば、そんな欠点がある(かもしれない)のに、ちゃんと存在してるというこ
とは、
すごい魅力もあるということなんですけどねぇ。
そういう既存の作品を
「ライバル視」するというなら、ぜんぜん問題はないと思います
が、でも、ライバルと見るなら、欠点だけでなく、すごい点をも見抜けないと、認識が片方欠落で終わってしまうわけです。
(別に「すごい点」を見習え・・・というわけではないですよ。ただ「気づけ!」と思うわけです。)

ただの読者に徹するならば、言いたい放題でいいと思いますが、
少なくとも、描いてみようと思うならば、
そういうものの魅力を、自分なりでいいから分析するぐらいのことは必要だろうと思うわけです。

たとえば
「あんなの、ちょこっとキャラが、かわいいだけじゃないか」
という批判の集中するような作品があったとします。
その時、
キャラがかわいいだけで、通用するとしたら、そのキャラにとてつもなく「集客力」があるのだろう。
素人の模写程度では、及びもつかないオーラを放ってるのかもしれないというふうに・・・。

なにも、既存のマンガ全てに敬意を払えというつもりではないです。
「けなす」のがイイキモチだからといって
「けなし」の尻馬に乗っかったって、
なにも見えてはこない!という警告です。

自分なりの分析を、やてみては?というおススメなわけです。
そして、自分のに生かせるものは吸収。
反面教師となる、悪いお手本だってあるはずです。
そういうのを、あくまで自分で考え、
自分で仕込んで、
自分なりの結論を、作品に与え、
しかるのち、プロの編集の見識により、意見をもらい、
さらに自分で分析・処理・推敲し、
プロへの第一歩を踏み出してくれるといいと思います。

★★★★★

追加の脱線ネタとして

「マンガ持ち込みのススメ」・・・的なことを、ちょっとばかし。

投稿と持ち込みとでは、地理的時間的問題が無いのならば、持ち込むことをおススメします。
漫画家志望者の作品を、出版社に見せるうえで、
まずよっぽどの事が無いかぎり、そのまま即掲載とか、
新人賞として賞金とか、
そういう意味での「直接的な報酬」というのは、難しいと思います。

でも、持ち込み(投稿)マンガを描くってことは、すっごいタイヘンな努力がいるものですよねぇ。
だからこそ、できるならば
「その努力に対しての報酬」を得るべきだと思うのです。

報酬は何もデビューの約束とか、賞金とかだけではありません。
自分ががんばって描いたものが、「プロの編集の目にどう映るか」「自分のマンガはどうなのか?」そういった事がわかることも、
大事な報酬だと思います。

だからこそ、実際に自分の努力の結晶である原稿をはさんで、編集となんやかや言う機会を逃したら「もったいない」とまで、思ってしまうのです。

で・・・
持ち込みしようというなら、
ぜひ、事前に、自分の普段から抱いてる質問や、
この持ち込みマンガについての質問など、
聞きたいことがらを準備して行くべきだと思います。

マンガだけ持っていって、あとは全部むこう(編集)まかせ、言われるままにうなづいてるだけじゃ、せっかくの機会がもったいないじゃないですか。

編集の言うことについても、
ちゃんと理解できなかった事柄については、
聞き直すべきです。
わかってないのに、うなづいちゃダメです。

「持って行くのは、恥ずかしいから・・・」
とか言うアナタ。
漫画家になったら、もっといっぱいの他人に、マンガを見せるわけなんですよ。
(笑)

★★★★★

がんばって、漫画家への道を、めざしてくださいね。

(2000/8/17)