
97年11月頃、そんなこんなで「ヴァリアント」のキャラ・舞台設定と
当初のスト−リィ展開、さらには1話2話のコンテまでが出来上がっていました。
武林はかなりの余裕で、パスがちだった草野球にもちょいちょい顔をだせるようになっ
てました。
そのときエ−ス編集部から、思ってもみなかった知らせがはいったのでした。
「1.2話まとめて1話にして一挙掲載しましょう!」
........(武林目が点になる)
初出のネ−ムでは、羅刹とセルフィが現れて真水が昏倒し大地が叫ぶところで、
1話目が「つづく」になっていたんですが。
「1−2話が前後編っぽくなるのは、話のつかみやすさから見てどうだろうか?」
「特に1話目だけだと、?が多すぎるんじゃないか。」
「エ−ス始まって以来のペ−ジ数はインパクトあるだろうし。」
とりわけ最後の意見が、武林のアタマの中でも大きく膨らんでしまい、
「それで...いって...みましょう..かぁ」
と、後先考えず(いや、一応は考えたんですけど...ね)首をタテに振りました。
それが地獄の始まりでした。(涙笑)
ネ−ムが既に出来上がってるとはいえ、1話48ペ−ジ2話40ペ−ジですよ。
よくよくかんがえりゃぁ1話だけでもややつらい量なんですよ。
(武林のいつもやり慣れてるのは32ペ−ジですから)
それが、2話分をつなげるネ−ム直しをした後で、
その2into1のコンテの厚みを手にして
はじめて気が付いたのでした。
これ...よく見りゃ2.5倍強(当者比)じゃ...ねえの。
3月売りのエ−スに掲載ってんだから...逆算して...
武林の98年の正月は、消し飛びました!
おとそどころじゃないっ!
酔っ払ってたりしたらペンが握れない。
それからというもの、描いて、描いて、描いて、描きまくりました。
いや〜ぁ、11月の頃の余裕はどこいったんだろう。
けど、その頃余裕ながらもネ−ム書き上げていなけりゃ、今ごろ完全にアウト
だったしなぁ...これは運がいいのか、先見の明があったってやつか。(笑)
ところで武林は、いつも原稿下書きを全部やってからじゃないと、
ペン入れを始めないってやりかたなので、エ−ス特製原稿用紙
(けっこういい紙で、重さもあるんだこれが)87枚
なんとか下書き終わって「やった〜ぁ」でもその原稿用紙の重さに.....絶句。
「こ..これ全部ペン入れ....できんのかぁ!?」
この時すでに1月も半ばにさしかかっていました。
ノ−ラの修羅場の間をぬって、2回の修羅場が持てるギリギリのスケジュ−ル。
「まぁ2回あるんだから、とりあえず47.40にでも(後半を軽めに)分けてやれば
普段よりややキツめってだけで...」
(実際には37.50になってしまった)
とにかく、やっとこさで(古)、なんとか形になったわけです。
本当はペン入れと仕上げもめっちゃ辛かったんですけどね。
それは、まぁ、マンガ家としてはいつものことですし、延々地獄の作画日記書いても
しょうがないですから...。